永遠のこどもたち |
ルルーシュは小さく息を切らしながらマンションの階段を登る。学園から徒歩5分でつくこのマンションは築3年の7階建てで、3階最奥の部屋が彼女の住まいだ。学生の一人暮らしの身分としては広すぎる2DKは日当たりも良く快適だ。本来なら学生寮を選んでいた筈なのだが、兄のシュナイゼルが買ったまま放置していたこのマンションの部屋を提供してくれた。売れっ子作家の兄は編集から逃れる為に様々な隠れ家を用意しており、ここもその一つだったのだ。 ルルーシュは歳の離れた兄二人と妹に挟まれた四人兄弟の長女だ。音楽家として世界中を飛び回っている父と共に自由奔放に生きている母の代わりに、趣味と道楽を仕事にしているこれまた奔放な兄たちの身の回りの世話をしていた。『妹達が心配だ』と言って保護者面した兄達はいっこうに独り立ちする気配が無く、その上炊事洗濯、特に食事にはひどくうるさく、長年ルルーシュをこれでもかとてこずらせた。そんな面倒な兄達を最愛の妹ナナリー一人に託すのは非常に気が引けたのだが、心配するルルーシュをよそに妹は兄達を難なくあしらい、器用に家事をこなしてくれた。血筋なのか、兄達が妹離れできないのと同様、ルルーシュもいつまでも妹離れが出来ないでいた。ナナリーの器用さはそんな姉をたたき出すかの様な効率の良さだった。 そうして愛する妹との未練がましい別れを除き、手のかかる兄達の面倒から解放されたルルーシュは一年前から快適な一人暮らしを送っていた。はずなのだが― ルルーシュは往来の運動不足を考え、なるべく足を使う様にはしているが買い物帰りの重荷ではさすがに辛かった。 ルルーシュの持つスーパーのビニール袋には夕飯の材料がずっしりと詰まっている。それはどう見ても一人暮らしの量では無い。 外に面した造りの廊下を曲がると、自宅のドアが見えた。そして同時にドアの前にうずくまっている物体を目にした時、思わず溜息を漏らしそうになった。 「ルルーシュ!!お帰りッ」 地面にしゃがみ込んでいた少年は、まるで主人を迎え待っていた忠犬の様にピョンと嬉しそうに跳ね、勢い良く走ってルルーシュの身体にしがみつく。 「…おい!危ないだろッ荷物持ってるんだよ」 「荷物?本当だッ晩ご飯の材料だろ?俺が持つッ」 そう言いながら少年は返事を聞くまでも無くルルーシュから荷物をもぎ取り、小さく跳ねながら再びドアの前へ向かう。 「なあなあ、早く開けてよ!外寒かったんだ」 さも当然とでも言うように少年は深緑の瞳をキラキラさせる。 「だから…、何時も言ってるだろ。せめて私が帰るまで家に居ろって。部屋が隣なんだからすぐ分かるだろ」 「やだ!俺、お前にお帰りって言いたいんだッ」 不毛としか思えない毎度の掛け合いを繰り返しながら自宅のドアを開けると、少年は家主よりも先に玄関へと上がり、荷物を置いてルルーシュへと振り返る。 「ルルーシュっ早く靴脱げ!」 「…何でそんなに偉そうなんだよ」 呆れながらもルルーシュは言われるままに靴を脱ぐ為に腰を屈めた。そうして同じ目線になった途端、少年はルルーシュの肩を掴んで無防備だった唇に思い切り吸いついた。 「ッ…!!!」 反射的に顔を引き剥がそうと動きかけた手をグッと握り、そのこそばゆいくちづけを黙って受ける。柔らかな唇に音を立てて吸われる度に、震えそうになる腰をどうにか堪えながら。 「…プハッルルーシュ、お帰り!!」 長いくちづけが終わった後、満面の笑みの挨拶に、ルルーシュは溜息を押し殺す様に苦笑いを浮かべる。 「……ただいま。何だよプハって」 ルルーシュの言葉に少年は少しムッとした顔をする。そんな顔すらとても愛らしいのだ。 彼は枢木スザクといい、ルルーシュの隣の部屋に住む10歳の小学生で、ルルーシュの『恋人』だった。『ごっこ』と後ろにつけた方がいいやもしれない。 初めての出会いは一年前の引越しの挨拶にとなりを訪ねた時で。両親の代わりに出てきたのが彼だった。初めて顔を合わせた時、スザクはルルーシュの顔をどこか驚いた顔で見つめていて。ルルーシュもまたスザクの余りの可愛さに度肝を抜かされた。どんぐり瞳に並ぶ深緑はどこまでも深く、あどけない容姿を更に幼くさせた。あちこちに飛び跳ねている柔らかそうな栗毛も良く似合っており、やや日に焼けた肌は子供特有の健康さに溢れていた。何より、全体のイメージが子犬の様なのだ。はじめスザクはひどく大人しく、挨拶も礼儀正しい姿勢だった。元々子供好きだったルルーシュの印象はすこぶる良かった。 その後互いに顔を合わせれば挨拶をしたが、スザクはルルーシュと挨拶するととても嬉しそうだった。 だからルルーシュも少年と挨拶するのが嬉しかった。 しかし数日経った後、ルルーシュはスザクの親を一度も見ていないのに気付く。初めは偶然会わないのだろうと思っていたのだが夕方学園から帰っても、隣からは夕飯の仕度等の物音が全くしなく、夜親が帰ってくる気配も感じられなかった。怪訝に思ったルルーシュが夕飯前に何気なく隣を尋ねると、やはり出たのはスザクだけで。両親を訪ねると母はおらず、父はほとんど会社で寝泊りしているらしい。ほんの一言で収まってしまう少年の異質な家族事情にルルーシュは言葉を失った。わずか10歳の子供が、留守番とはいえないほぼ置き去り状態なのだ。食事はどうしてるんだと聞いたら少年はほとんどレトルトで済ませていた。 三食手作りなのが常識だったルルーシュにはそれは余りにも衝撃的で、眩暈と共に長年培ってきた世話焼きの火が燃えてしまった。早速スザクを部屋へと呼んで食事を食べさせた。わずらわしくなければこれからも食べに来るようにとつけくわえて。 食費云々の問題など考えもせず、自然にその言葉が出ていた。すぐ近くにこんな小さな子供が独りでいるという問題の方がルルーシュには大きかった。 するとスザクはまるで落雷を受けたかのように全身を硬直させ、大きな瞳をさらに大きくさせ、ルルーシュを射抜く様に見つめていた。次の瞬間、スザクは突然『結婚して!』と叫んできて、ルルーシュを更に驚愕させた。冗談で笑い飛ばせる雰囲気でもなく、普通に『それは無理だ』と言うと、スザクは先程以上に瞳を見開き、まるでこの世の終わりかの様に顔を陰らせてしまい。痛ましい程の落胆ぶりにルルーシュは慌てて『友達になろう』と言ったのだが、微塵も効果が無く、全く立ち直れずに居るスザクにルルーシュは軽いパニックになり『なら恋人だ』と勢いまかせに言ってしまっていた。 そう言った瞬間の、スザクの驚きと喜びの顔と言ったら。ルルーシュは余りにもコロコロ変わるスザクの表情が可愛らしく、思わず噴出してしまっていた。食事同様、深くは考えなかった一言だった。子供相手の恋人など友達の延長とくらいにしか考えていなかった。 それからルルーシュとスザクは『恋人同士』になった。だが恋人と言っても当初はただルルーシュが作った食事を一緒に食べる位だった。スザクは食事の時間きっかりに家に訪れ、食事の間は会話を続けようと必死になり、食器の後片付けが終わる頃になるとまるで捨てられた子犬の様に寂しげに帰って行った。別に意識してやっている事ではないのだろうが、行きと帰りの落差が余りにも激しく、当初はそれが可笑しかったのだが、徐々に妙な胸の痛みに襲われるようになった。 ある日、スザクがいつものように落胆した顔で帰る際、突然『キスしたい』と言い出した。当初驚きはしたものの、ルルーシュは幼い頃妹にしていた挨拶のキスを思い出し、子犬の頭を撫でる様な心境でスザクの頬に小さなくちづけを送った。身内以外にしなかったそれを自然としている自分に少し驚きながら。 だがスザクのお返しのキスは頬ではなくなんと唇だった。余りの事に驚愕したまま固まっていると、スザクはそのまま長々と唇に吸い付いていた。 それが情けなくもルルーシュのファーストキスになってしまったのだが、子供相手なのだという事で数には入れない事にした。 それから挨拶のキスは何時の間にか習慣にされてしまい、朝は『おはよう』から『行って来ます』で、休みの日なら昼に『こんにちは』と『また後で』が入り、夕方は『おかえり』から『また明日』の区切りに必ずした。ルルーシュが初めにしたキスは頬だったのだが、スザクは必ず唇にしてきた。これにはルルーシュは未だ納得がいかないのだが、子犬としているのだと思って余り気にしない様にしている。 それから、スザクはルルーシュの帰りを玄関で待つようになってしまった。食事も、朝晩や休みの日なら昼も料理の手伝いに来るようになってしまっていたのだった。 「ニンジン、じゃがいも、たまねぎ…あッぶた肉!!この材料だと今日はカレー?」 「違う。肉じゃがだ」 「やった!!俺大好き!じゃあ明日の朝も肉じゃが?味濃くなるな!」 言葉だけでは足りないのか、スザクはルルーシュの腰にからみついて大はしゃぎする。食事を作る時はいつもこうなのだ。ルルーシュが何を作ってもスザクは同じように喜ぶ。 「…っスザク!包丁持ってる時は纏わりつくなッ」 「あ!そうだった。なあなあ俺は何すればいい?」 「あ、ああ、…じゃあしらたきを袋から出して、ざるにあげて水洗いだ」 「分かったっ!!」 スザクは再び腰にしがみつこうとしたが寸前でとどまり、ルルーシュのYシャツの裾を嬉しそうに握る。言い付けを必死で守ろうとしている彼がとてもいじらしかったがルルーシュはあまり意識しないようにしていた。料理中に甘い顔をすれば途端はしゃいで周りをうろちょろするので危なくて仕方ない。 スザクが初め見せていた礼儀正しさはただのうわべで、蓋を開ければ少年は見た目以上にやんちゃな子犬だった。 手伝いと称して隙あらば抱きついてくる障害物を避けながら、ルルーシュは手早く調理する。 「よし…後は煮込むだけだ。ほら、時間があいたから宿題見てやるぞ」 「あッ…うん!でもいいのか?」 「良いも何も、結局は見るんだろ。だったら早い方が良い」 何時の間にかカバンも持ち込む様になったスザクは食後にするらしい勉強をルルーシュの部屋でするようになってしまった。家が隣なのだから、部屋に戻ってやれとも言いたいのだが、多分独りで寂しいのだろう。その上スザクは体育以外の科目が余り得意では無いようで、どの宿題もえらく時間がかかる。それに見かねたルルーシュがながれのまま家庭教師となってしまった。 だがルルーシュが自発的に勉強を見ると言うと、スザクは一応は喜ぶのだがどこか複雑な顔をする。よほど勉強が嫌いなのだろう。ザッと拭いたテーブルに教科書を広げ、スザクと並んで座る。 「…あ、お前またこんな簡単なミスして。いいか、算数なんて数式を当てはめて解けばいいだけだ。落ち着いてやれば必ず解ける」 「……俺、数字見てるだけで眠くなるんだ。だから、眠る前に解かないとって思って」 「そんなの、苦手だと思ってるから余計難しく見えるだけだ。おおかた暗号にでも見えるんだろ?そういう時は少し視点を変えればいい。こんなのはただの数字のパズルだ」 「…………」 「?どうした」 「ルルーシュって本当カッコイイな…ッ」 「………そうか…」 スザクはルルーシュを尊敬の眼差しでキラキラと見つめる。ルルーシュは友人から言わせればただの口の悪い理屈屋らしいのだが、子供には良く映るらしい。褒め方がいくらかずれている気もするのだが。 そのまま軽い会話をはさみながら勉強を見る。スザクはやろうとすればちゃんと勉強は出来た。だがどこか何時も落ち着きがない。 スザクがプリントと睨みあっている間、ルルーシュは本を読んでいた。するとスザクが胸によりかかる様にしてルルーシュを見上げてくる。 「なんだ。問題解けたか」 「ルルーシュ、学校で誰かに告白されたか?」 「…またそれか…毎日聞いてないか?何度も言うけど私は別にもてないよ」 「嘘だッこんな…、ルルーシュがもてない訳ない!もしかして学校の奴らルルーシュの事男だと思ってんの?」 「……いや、それは無い…と、思うが…。まあ、この格好だしな。たいていの奴は私が好きこのんで男子制服を着てる変人と思ってるんじゃないかな」 ルルーシュは改めて自分の身形を見直し肩を竦める。上着は脱いでいるものの、ルルーシュは男子生徒の制服を着ていた。だが別に好きで着ている訳では無い。 それもこれも極度に心配性な兄達の陰謀により入学直前に学園の制服をなんと男子用を発注されていたせいだ。女子生徒用の制服のスカート丈が短すぎるからという理由でだけでだ。元々自由な校風とお祭り好きの生徒会長、ミレイ・アッシュフォードにより制服は男女どちらのものも好きに選べるらしいのだが、望んで男子の制服を着る女子はほとんどいない。いるとすれば男勝りな気性の持ち主が数人という位で。その中にルルーシュも入ってしまった。女子生徒の制服を発注しなおそうにも、ルルーシュの格好を気に入ったらしいミレイ達に阻まれてそれすら叶わない。何故かミレイの他に多くの女子生徒達もルルーシュの制服を戻すのを猛反対しているのだ。元々スカートはあまり好きでは無かったのですぐに慣れてしまった。 「かっこうなんて、誰も気にしないよッそれにルルーシュは美人だから、何着ても似合うんだ!なあ、俺は恋人だろ?学校でルルーシュにへんなむしがつかないかしんぱいなんだ」 そう言うと、スザクはルルーシュの胸に手をあてながら顔を近づける。互いの唇が触れそうになった瞬間、ルルーシュはスザクの頭を小突いた。 「お前、そんなくだらない事考えてるから問題もすぐ間違えるんだろ。仮にも『恋人』なら、人のいう事信用しろよ」 「………くだらなくなんか…ッわかった…」 キスしようとした事は一切触れず、ルルーシュは呆れ気味に一瞥する。挨拶のキスなら眼をつぶったが、さすがにそれ以上には抵抗がある。何よりスザクは一度許された事は何時しても良いと思っている節があるのだ。 ルルーシュはあくまでスザクの『恋人ごっこ』の遊び相手という気持のままで接していた。 キスを避けたルルーシュにスザクはあからさまに拗ねた顔で口を尖らせてノートへと向き直る。キスの事だけでなく、スザクは本当に心配しているのが見て取れた。そんな幼い好意が剥き出しの彼がひどく可愛らしい。まるで甘え盛りの子犬なのだ。 (やっぱり、私は犬に弱いんだな…) 結局はルルーシュはスザクの事が可愛くて仕方ない。だから初めてくちづけされた時も不快ではなかったのだろう。 そんな子犬の為に、ルルーシュは学園での本当の生活は話さない様にしていた。 ※※※ 「肉じゃが、本当に美味しかったなっ!!ルルーシュは何作っても上手いんだ!あとは、他に手伝う事ある?」 食事を終え、後片付けも全て終えた後、スザクはルルーシュの腰に抱きつきながら見上げてくる。 「もうやってもらう事は無いよ。ホラ、もうこんな時間だぞ」 時計を見やりながら、穏やかに帰るよう促す。食事が終われば帰る。それが互いの暗黙のルールだ。何時もならばしぶしぶながらも従うのだが、スザクは腰に回していた腕の力を強め、胸元に顔を埋めてくる。ルルーシュは170近い長身の為、30センチある身長差のスザクに正面から抱きつかれると、自然と胸に顔が埋まる形となる。 「ッ…スザク、痛いって。どうした?」 「なあ、ルルーシュ……」 愛くるしい子犬は、胸に頬すりしながら切なげに見上げてくる。ルルーシュは、スザクのその瞳がひどく苦手だった。まるで雨の中鳴いている子犬を見つけてしまった様な切なさに襲われる。 ルルーシュは心の動揺を悟られない様、冷静を装いながら小さく笑うとスザクの額を軽く小突く。 「お前の父親が、帰ってくるかもしれないだろ?」 あまり使いたくなかった最終手段に、案の定スザクはみるみると顔を曇らせながらルルーシュから離れた。途端、ツキリと胸が痛んだが気付かないフリをした。 スザクは諦めたかの様に肩を落として玄関へと歩いていく。見送りはいつもしているので、ルルーシュもついていき、靴を履くのを見届ける。 「…ルルーシュ」 「分かってるよ。ホラ」 恨みがましそうな意思表示にルルーシュは素直に従い、腰を屈める。何時もの『また明日』の挨拶をする為に。 スザクはルルーシュが同じ目線になった途端、勢いよく唇に吸いついた。何時も以上に強いそれにルルーシュは意表をつかれ、バランスを崩して床に尻もちをついてしまう。スザクはルルーシュの膝の上に座り込むと食むようなくちづけを仕掛けてくる。 「おい…ッこらスザク…ッ」 いつもよりも強引なくちづけに注意しようとしたが、それごとくちづけに覆われてしまう。 スザクの小さな唇が表面を何度も啄ばみ、吸い上げる。初めてしてきたじゃれつくようなキスではなく、確実に慣れてきている厄介なくちづけ。最近などは唇を舐めるようにもなっていた。それこそ子犬の様にペロペロと表面を舐められるこそばゆさに、ルルーシュがたまらず口を開けて抗議しようとしたところ、スザクの舌がヌルリと口内に入って来た。 「!!」 突然の事にルルーシュは硬直してしまう。スザクはその隙にルルーシュの口内を手当たりしだいに舐ってきた。 「ッ…!んッ」 口内に感じる生々しい感触にゾクリとした震えが腰を襲った。ルルーシュは慌ててスザクを引き剥がそうとしたが、スザクはルルーシュの頭に腕を強く回し、尚深くくちづけてくる。 「ん…んん!」 くぐもった抗議は言葉にならず、たまらずルルーシュはスザクの舌を自分のそれで押し返して追い出そうとしたが逆に絡みとられてしまう。 「ッ……!!」 舌同士が触れ合う甘い刺激に、ルルーシュの頬が一気に燃え上がる。スザクはルルーシュの舌を唇で何度か食むとチュッと強く吸い上げてきた。その途端、ルルーシュの身体に不可解な震えが走り軽いパニックに陥る。気付いた時にはスザクを乱暴に引き剥がしていた。 「…ルルーシュ?」 「ッ……何する…!」 肩で息をしながらスザクを睨んでから、ルルーシュは我に返る。目の前の子供は何が起こったのかが分からないという顔で呆然と見つめていた。途端に押し寄せる罪悪感に、ルルーシュはやや困惑する。 「こんな…、変なキスされたら誰だって驚くだろ。今のは駄目だ」 「何で?俺達恋人同士なのに。恋人なら、こういうキスしても良いんだろ?」 「…ッそんなの、どこで覚えてきたッ!とにかく、もうこんなキスは駄目だ!もしまたしたらもうこの挨拶はおしまいだ!」 ルルーシュがきっぱりと言い切った途端、スザクは飛び上がる様に驚愕し、その反応にルルーシュの方が驚いてしまう。しばしの硬直の後、スザクはどんぐり眼をさらに大きく見開き、うるうると瞳を揺らし始めた。 「バ、バカ!何も泣く事…」 突然の事態にルルーシュは先程以上にパニックになり、スザクの目尻を拭おうとしたがその前にスザクがルルーシュに抱きついてきた。 「ッ……」 無言で胸元に顔を埋めてくる子犬に、ルルーシュはどう接すればいいのか分からず益々困惑する。スザクは泣いている様では無かったが、全身から悲しみが滲み出ていた。ルルーシュは宙を泳いでいた手をとりあえずスザクの頭におき、何度か撫でてみる。 「その…、ああいうキスはお前にはまだ早いんだよ…。もっと大きくなってから本当の恋人に…」 「!!俺、ルルーシュ以外誰も好きになんないッ本当の恋人はお前だけだッ」 慰めの為の一言に、スザクは過敏なまでに反応した。ルルーシュの軽口が心底心外だったのか、とうとう瞳から涙が零れ落ちた。 「!!わ、悪かった…ッそうだな、今は私がお前の恋人…」 「今は、じゃない…ッルルーシュは、俺がどんだけお前が好きかって知らないから、そんな事言えんだろッ」 叫びながら、スザクはルルーシュの唇に噛み付いてくる。粘膜に走った痛みにだが、ルルーシュは抵抗が出来なかった。悪気が無かったものの、可愛がっている子供を泣かせてしまった事へのショックが大きかった。 スザクは再び口内に舌を挿し込み、ルルーシュの舌に絡み付いてくる。余りにも厄介なくちづけを拒むタイミングも殺がれルルーシュはとうとうされるがままになってしまう。スザクを落ち着かせる様に背中を撫で、口内を舐ってくる舌に必死で耐える。濃厚すぎるくちづけに次第に頭にぼんやりとした霧がかかってゆく。何時の間にかスザクの手がルルーシュの胸に触れていたがそれに気付く余裕すら無かった。 長すぎるくちづけが終わった頃、スザクの涙は乾き、何時もの寂しげな子犬に戻っていた。ルルーシュは荒くなっている息をどうにか隠しながらスザクの頭を撫でる。 「…また明日な」 今までのキスが無かった様にルルーシュは普段通り微笑む。子供をあやす親の様に。スザクはそれを見て俯きがちに頷く。一瞬、スザクがまたルルーシュに抱きつこうと身体が動いたが、寸前でとどまり、ルルーシュの手をとる。スザクは抱擁の代わりに、ルルーシュの手の甲にくちづけた。 「ッ……」 チリと、手の甲に僅かな熱が走る。スザクはそのまま踵を返し、『また明日』と小さく呟きながら玄関を後にした。 すぐに小さな足音は隣の部屋のドアを開け、元の家へと帰っていった。 ルルーシュは玄関のチェーンと鍵を掛けてから、大きな溜息をつく。くちづけられた唇に触れると、ジンジンと熱を持っていた。スザクの思いの丈を飲み込まされたかの様に胸が熱くて痛かった。 「とんだ…子犬を拾ってしまったな…」 ルルーシュはまさかここまで懐かれるとは思っていなかった。スザクの好意はまるで犬が飼い主に向けてくる無条件の愛情そのもので、受ける側のルルーシュはひどく困惑してしまう。勿論、可愛いとも思うのだが同時にいたましくて仕方ない。多分スザクのあの強すぎる愛情は極度の寂しさからくるものなのだろう。ルルーシュが知る限り、スザクの父親が帰ってきたのが分かったのは今までで片手で数える程度だ。一年以上このマンションに住んでいるというのにだ。 甘えたい盛りの子供をあそこまで放置状態にしいる親の気が知れ無い。一度、児童相談所への報告をと思った事もあったが、所詮は他人の家の事なのでそこまで踏み入れる気にはなれなかった。何より、スザクは独りできりもりしている。 自室へと戻り、ルルーシュは帰る前に見せたスザクの顔を思い出す。捨てられて子犬そのものな寂しげな瞳。 多分、スザクはルルーシュの家に泊まりたいのだろう。だがルルーシュはそれを言わせない様にしていた。一度位、泊めても良いかとも思うのだが、そのたったの一度を踏み越えてしまえばスザクは確実にルルーシュの家に入り浸りになるだろう。今の状態でさえ手に余る時があるのだ。その子犬を四六時中相手にしてられる自信など無い。今の距離感がルルーシュにとって丁度良かった。 「……しかし、これからの挨拶は…あのキスなのか…」 何処で覚えてきたか分からないディープキスに、ルルーシュは大きな溜息をついた。ファーストキスどころかそれよりも先まで子供相手に奪われたなんて、学校の友人に聞かれたらいい笑の種だ。 ルルーシュは寝るまでの間、スザクとのうまい距離のつくり方を考えたが、結局何も思い浮かばなかった。そもそも全てのきっかけは、ルルーシュが作ってしまったのだから。 |
再び神☆降臨!!! 前回頂戴した幼少スザルル話に発奮し、子スザと大人ルルの歳の差話も良いですよね!などと言っていたら「プロローグ的なお話なら・・・」と思いがけなくも男爵様から御提供してくださいました!もう棚ぼたというかエビタイというか、言ってみるだけ言ってみるもんだ!! 幼少スザルルでも思いましたが、やってることは同じでも、大人枢木と違って子スザクだと受ける印象が全然違いますね。何て可愛らしい子犬!とはいえミニマムとはいえ枢木には変わりないので、読んだ当初は子犬の皮を被った狂犬かもしれぬ・・・これらの行為も全て計算づくかもしれぬ・・・とビクビクしてたんですが、設定をお聞きしたらそんなことはなく、子犬はただのかわいそうな子犬だとのことでした。ごめんスザク! 一緒にご飯作るとか、ルルーシュに悪い虫がつかないか心配するとか、子スザクの行動がいちいち可愛らしくてですね、何でしょうねこの可愛い生き物は。母性の塊ルルーシュがご飯を与えたくなる気持ちも当然だと思います。というか、仮にも枢木に対して可愛いなどという感想を抱く日がこようとは思いませんでしたので、そういう意味でもデカルチャーでした。 というか前半ほのぼの展開で和やかな気持ちで読んでいたら、後半での子スザクの攻勢が将来性を期待させるような素晴らしいものだったので、この後どうなるのですかいなとお尋ねした所、子スザクとルルーシュはこの後あれよあれよと大人もビックリな大人な関係に至る展開を想定してらしたとのことで、やはり枢木は期待を裏切らないですね!とますます興奮しました。 ただしお話としてまとめているのはプロローグだけとのことですので、お聞きした設定の分は僭越ながら私のマンガの方でかいつまんで美味しいとこ取りしますので、それで辛抱してください。 あんまり長々書くとせっかくのお話のイメージをぶち壊してしまうので短く、と思ったんですが十分長いですな。実は感想代わりにラクガキをけっこう送りつけていたので、歳の差部屋が実現したのは「いっそアップしたらどうですか」とおっしゃってくださった男爵様のおかげです! ・・・・・・もしや迷惑行為にお悩みになってたとしたらすみません・・・・。 お忙しい中こんなに素敵なものをくださいましてた男爵様、本当にありがとうございます!!! |
20090427 |