避妊はちゃんとしましょう。



 昼休み、いつもの待ち合わせ、屋上でランチタイム。
「ジノ…」
 先輩が、思い詰めた顔でやってきて、思い詰めた声で、俺を呼んだ。
 でも、先輩はよくそういう様子を見せる。誰もが一目置く、聡明で回転の速い頭脳を持ちながら。誰もが羨み憧れる、端整で綺麗過ぎる顔と、細身でありながら出る所はしっかりと出た艶やかで絶妙なプロポーションを持ちながら先輩は、何故か常に自分に自信がない。
 それを隠すため、だと思う、普段の先輩の口調や態度がきつく、且つ柔らかいのは。
 でも、これでも曲がりになりも頑張って彼氏の座を獲得した俺にはよく、先輩は、そうした後ろ向きな部分を見せる。見せてくれる。
 ぶっちゃけ面倒くさいなぁ…と思う事もたまにある。けど、でも、俺だけしか知らないってのは、正直嬉しい。
 まぁ、そんな話は良いとして。
 だから、今日も俺は、いつもの「あーなんか嫌な事あったんだなぁ…」程度だと思った。最近どうにも暗く沈んでいる時が多かったし、ようやく話に来てくれたかと、思う部分もあったりなかったり、ね。
「どうしたんですか?」
 前のめりに寄り掛かっていた手摺から身体を離し、屈んで、傍にまで来た先輩の顔を覗き込む。すると、先輩は俯いて視線を逸らした。おお、いつもに増して暗い。ので。
「何かあったんですか?」
 今度はしゃがんで、下向く先輩の目線に合わせる。
 と、先輩は一度軽く噛んでから、唇をわななかせた。
「………来ないんだ…」
 へ?
「何がですか?」
 不安な気持ちを煽らないように、出来るだけ優しい口調を心掛けて尋ねると、先輩の目が揺れた。今にも泣き崩れそうにして、
「もう、二週間も来ないんだ…生理が…」
 と泣き出しそうに小さな声で、先輩が言った。


「元々…年齢的な事もあると思うが、そう順調に来ていたほうではないんだ……でも、一番期間が開いていた時より更に二週間経っても、まだ来ないんだ…」
 先輩が上擦った声で静かに話す。とりあえず、泣き崩れて倒れると困るので、横座りさせた俺の脚の上で。
 が。
「えーっと…検査はしたんですか?」
 まずはそこからだろう。確認すると、先輩は弱々しく首を振った。おいおい。
(未確認不確定要素ですか)
 って、それだけ焦ってるって事か。先輩らしからぬ抜けだが、うんまぁ…そうだよな。
「じゃあ、とりあえず…」
 調べましょう、と続けようとした矢先、でも!と先輩が顔を上げた。
「でもッ、最近凄く身体が気だるいし、何をしても疲れるし、眠いし…体温も、高いし…」
 いや、それは夏の暑さの所為だと思うんですが。と言おうと思ったが、やめた。徐々に語尾を小さく、本当に今にも泣き出しそうにまた俯いてしまった先輩は、真剣だ。ここで軽く流したら、本当に本当に深くまで沈み込んで行ってしまうだろう。
(ま、しょうがない、よな)
 冷静を装っているが、俺だって結構今、実は動揺している。だって、生理が来ないって事はつまり。
(妊娠…)
 って事だもんな、うん。思い当たる節がないでもない。ちょっとたまたまこの間、生でやった事がある。さすがに中出しはしてないが、全く何も出てない訳じゃないから、そういう可能性もあるし、ってか、それだけで妊娠してしまう人だっているって話は聞いているし、そりゃ慌てないほうがおかしい。ましてや俺たちはまだ、学生。あ、俺は、年齢的には、って事だけど。現役バリバリの真面目な学生の先輩には大衝撃だろう。
 でも、だからって、そうは言っても。
(検査しない事には始まらないだろう)
 何事も。それを吹っ飛ばしてしまうくらい、不安で不安で堪らなかったんだろうな。
「先輩」
 指が白むほど自分の手を握り締めて項垂れる先輩の肩を摩る。と、こっちを向いた先輩は泣いていた。
(あちゃー…)
「とにかく、一回ちゃんと検査しましょう?」
 啼き顔は好きだけど、泣き顔は駄目駄目。涙を拭って提案すると、先輩が辛そうに眉根を寄せた。ちょっと、色っぽい。
(って、俺は何を考えているんだ)
「でも…もし……だってあれは…」
 先輩の声が、震えている。恐い…のかもしれない。でも。
「放っておいて、どうにでもなる話じゃないですから」
 そういう事。
「薬局で検査薬、買いましょう?俺も一緒に行きますから」
 軽くキスして、言いながら小さな頭を撫でると先輩は、分かるか分からないかくらいに、こくんと小さく頷いた。うん、今日も可愛いなぁ。


 数十分後。俺たちは薬局の前までやって来た。
 のは良いんだが。
「………………………………」
 先輩が、動かない。下を向いて、微動だに。
「あの…先輩?」
 手を繋いだ先の先輩を呼ぶと、俯いた先輩がぎゅっと俺の手を握ってきた。でも、脚は動かない。
「入らないと、買えませんよ?」
 別に俺一人で買いに行っても構わないんだが。先輩は手を離してくれないし、離したら離したで何処かに隠れてしまいそうだし。
(まいったな…)
 やっぱり恐いのだろうか。ここに来るまでの間も先輩は、始終びくびくと怯えるようにしていた。それをやや無理に引っ張って来た訳だが、辿り着いて先輩の脚は完全に地に根を下ろしてしまった。真実をくれる物を売っている場所から目を逸らしてしまっている。
 それにしても、何がそんなに嫌なのだろうか。はっきりしたほうが、どちらにせよ良いと思うんだが。
(さて、どうするか…)
 と、対応を考え始めた時だった。
「………ルルーシュ?」
 誰かが先輩を呼んだ。見るとそこには。
(げ)
「スザク…」
 がいた。制服を着た、奴が。びくり、と先輩が肩を震わせて振り返る。
「どうしたの?こんなところで…」
 とことこと、無邪気な顔で近付いてくる。ええい、この世で一番厄介な奴が出てきたな。マズい。
「え…いや、その…お前こそ…」
「僕はこれから学園に。仕事、終わったから」
 言い淀む先輩に、にこりとスザクが笑い掛ける。で。
「君たちはまたサボってデート?薬局で?買い物?体調悪いの?それとも待ち合わせ?」
 おいよ問い詰めなさるな。矢継ぎ早に質問をぶつける。
「あ…う、その…」
「なんか顔色悪いよ?風邪?」
 とスザクが訊いたところで、おろおろとキャパオーバーで墓穴を掘ってしまいそうな先輩は確保。
「そうだ」
 華奢な肩に腕を回して引き寄せ、軽くぎゅっとする。その前で、まだ、俺が先輩の彼氏をやってるって事実を認めたくないスザクは、露骨に嫌そうに怪訝にした。
「何が?」
 悲しいね、認めてよ、パパ。
「ちょっと風邪気味なんだ」
「誰が?」
「私が」
「君が?」
「そう」
「ルルーシュのほうが顔色悪いと思うけど」
「気のせいだろう」
 そうそう、気のせい気のせい。普段から先輩のほうが顔色悪いし。会話を切るようにして言うと、ふぅん…とスザクが、半眼に疑いの眼差しを向けてきた。寂しいね、信じてよ、親友。
 と、その思いが通じたのか、
「ま、君がそう言うなら良いんだけど」
 スザクは半信半疑の雰囲気を纏いながらも、そう息を吐いた。それから一転して、晴れやかな笑顔を浮かべた。
「でも良かった。君に何もなくて」
 幼馴染だからというにしても馴々しく、気まずそうに黙っていた先輩の頬に触れて、笑って、でも一片も笑っていない目で、
「随分長い事思い詰めた顔して薬局の前にいるから、妊娠検査薬でも買うのかもって勘繰っちゃったよ」
 言った。
 瞬間。
 びくっと先輩が身を強張らせた。
「どうしたの?」
 ん?と笑顔のままスザクが首を傾げる。と、ああ。
「いいいいや!何でもない、そんなはずないだろうッ?まったく何を突然言い出すかと思ったら、相変わらずお前の考えは突拍子もないな!あははははっ」
 って先輩…明らかに怪しいです。本当に突発的なキャパ越えの事に弱いな、この人は。フォローする前に、俺の腕の中でぶんぶんとスザクに向かって手を振る。が、目を弓なりにしたままの無反応のスザクに、如何に己の言動がおかしかったかと気付いたのだろう、はっとして先輩が止まった。
「ふぅん…そう…」
 スザクの目が、そのまま据わる。こいつ、本当に初めからそうだと思って、納得もしてなくて、カマ掛けたな。
「あ、いや…違うんだッ」
「そうそう、違う違う。違うんだぞ」
 嘘だけど。一応否定してみる、がもう遅い。
「よくもやってくれたね…」
 呟くとスザクは、俺に一瞥もくれずに先輩の腕を掴み、
「行こう」
 と引っ張った。
「ちょ…スザク…ッ」
 するりと戸惑う先輩が腕の中から抜ける。
「おい…待て。何処に連れて行く気だ」
 当たり前だが取り戻そうと腕を伸ばすと、掴むその前に、くるんとスザクが先輩を抱き寄せ、回し蹴りが
「おわッ!」
 通過した。
「スザク!」
 間一髪。避け反らした体勢を直すと、呼ぶ先輩を腕の中に、冷ややかな目を俺に向けるスザクがいた。ってかおい、人の彼女抱き締めるなよ。
「何処?君のいないところに決まってるだろう」
 俺から守るように先輩をぎゅっとして、目を吊り上げて威嚇する。いや、うん?
「え、私?」
 何故?
「そう。当然だ。これ以上君みたいな非常識な人間の傍にルルーシュを置いておける訳がないだろう?」
 …さいで。
「待て、スザク!」
 先輩が、奴の腕の中で身を捩って離れる。
「違うんだ、ジノは…!」
「駄目だよ、ルルーシュ」
 が、スザクが両肩を掴んで離すまいとする。
「君が庇う必要なんてないよ。悪いのは彼だ。世間知らずで常識のない、彼がね。君に知識がないのを良い事に、言いくるめられたんだろう?君に非はないよ」
 …何か、酷い言われようじゃないか?俺。否定しないが。俺が悪いってのも認めるが。心配そうにして、でも有無を言わさぬ目と口調で詰めるスザク、はもうどれだけ先輩の保護者の気分だ。弟妹君たち以外身寄りのない先輩を放っておけない…うんまぁ今はそういう事にしておこう、ってのは分かるけど。これは、
(俺と先輩の問題)
 だっつの。
「そうじゃないんだ…ジノは…ッ」
「おい…スザク」
 先輩とほぼ同時に呼ぶと、スザクは、はぁと特大の溜息を吐いた。
「やっぱりジノなんかに君を任せるべきじゃなかった」
「は?」
 いや待て。一度も任せようなんて素振りはなかったんだが。
「スザク…!」
「いつかこうなる事は分かっていたんだ。やっぱり君は僕の傍にいるべきだよ。大丈夫、僕が何とかするから。安心して」
「ちが…待て…違うんだ…ッ」
 先輩の声にも構わず、苦しげな表情で完結する。
「さ、行こう」
 スザクが先輩の手を掴んで、引っ張る。が。
「おい、ちょっと待」
「―――ッ待てと言ってるだろう!」
 おお。俺が止める前に、先輩が声を荒げた。ぐいっとスザクの手を引き止めて、脚を踏ん張る。思わぬ強い抵抗にスザクが目を見張り息を呑んだ。と先輩は、はっとして一変、弱々しく目を伏せて、優しく奴の手を解いた。
「その…お前の心配は有り難いが……まだ検査もしていないから分からないし…」
「だから?」
 スザクの低い声に、先輩が更に俯く。
「…いや、違うんだ…ジノは悪くないんだ…」
「何が悪くないって言うの?思い当たる節があるんだよね?検査薬を買わなきゃいけないような事態にさ。それって男が気を付けるべき部分だよね?―――違う?」
 捲くし立てるようにして言った最後にスザクは、先輩から俺に視線を替えると睨んだ。うん。
「ご尤もです…」
 降参。
「…っだから!それが違うと…!」
「何が?」
 完全にご立腹のようだ。脅すような声音に、びくっと先輩は肩を震わせた。が、気丈に顔を上げると、
「私が避妊具なしでも良いと言ったんだ!」
 と叫ん―――…
(叫んじゃだめぇぇぇぇ!)
「まっ…」
「だから、ジノは悪くないんだ!私が生でして良いと言ったんだから、ジノはそれに従ったまででッ…別に中で出すとかそういう事はなかったし、ちゃんと配慮はあってだな…!」
 止める暇もなく続けられた先輩の言葉に、周囲の人々が何事かと俺達を見てくる。そりゃそうだ。こんな綺麗で可憐な先輩が、“避妊具”とか“生”とか“中出し”とか言っちゃってるんだから。そりゃ見ちゃうよ。
「あー…うん。分かった」
 スザクも、さっきまでの怒りは何処へやら、あっさり納得して、落ち着けと言う風に先輩の肩を叩く。
「とりあえず…事情は分かったから、女の子があんまり“中出し”とか言うもんじゃないと思う…よ?」
 爽やかな笑みで、諭す。と。
「え?」
 ここが外で、天下の公道だと言う事に、先輩はようやく気が付いたようだった。暫し硬直した後、ざわつく人々の視線の中。
「―――――――――――――――…ッ!」
 声にならない悲鳴を上げて、先輩の頭が吹き飛んだ。


 どうにかスザクをやり過ごし。ってか、撒いて。
 完全にショートして足元覚束なくなった先輩と、別の薬局で目的の物を買って帰ってきて。
 先輩の部屋のソファーに、二人で並んで座って。
 十分、くらい。
「………………………………」
 最初の薬局を前にした時のように、先輩は動かない。持つ検査薬の箱に目を落として、微動だに。
「あの…先輩……」
 すぐ傍に座る先輩を呼ぶと、俯いた先輩がぎゅっと検査薬を握り締めた。ああ、デジャヴュ。
「えっとですね…買ってきただけじゃ分かりませんから…」
「………分かっている…」
 そんな事は、という風に小さく呟く。当たり前だな。とすると、足りないのは―――覚悟。何はなくてもまずはやってみよう、が俺だけど、先輩は、先の先まで何度も想定して、予測して、且つそうして出てきた答えが万全でないと動かない。動けない。まぁ、慎重派なのは良いが、今回のようにどんなに考えたって答えが出ないような時は、それが仇になってしまう。過ぎたるは猶及ばざるが如し、はっきり言って時間の無駄だ。
(けど…)
 不安、なのは分かる。正直俺も、緊張している。女の子なら、もっと緊張しているだろう。でも…もし…いや…と先輩が頭の中で繰り返しているのが、手に取るように分かる。ってか、駄々漏れだ。苦笑。
「先輩」
 抱き寄せると、先輩が身体を震わせて、硬くした。大丈夫、恐がらないで。
「俺は、どんな結果が出てきても、受け止めますから」
 そうそう、男として、って言うよりはね。
「先輩の傍にいますから」
 いたいから。どんな事があってもね。ぽんぽんと背中を叩いて額にキスをすると、先輩が泣きそうな顔で俺を見つめてきた。うう、やっぱり可愛いよ、下半身が反応しちゃうね。
「あ、それとも、検査する時も傍にいたほうが良いですか?」
 それを見る趣味はないんだが、先輩が望むなら。訊くと、先輩は一瞬、え?と言う顔をしてから真っ赤になった。
「…馬鹿!何を考えているんだ!」
 むきーっ!と肩を怒らせる。そうそう、先輩はそれくらいの元気が丁度良いです。
「冗談です。冗談ッ」
 怒って詰め寄る先輩が面白くて思わず笑ってしまうと、先輩は、ふんっと鼻息荒く目を吊り上げてから、いきなり立ち上がった。
「行ってくる」
 仁王立ち加減で、おお、漢らしいね。
「はい」
 と。
 返事をすると、くるっと先輩がこちらを向いて、とても優しい顔で、
「ありがとう」
 笑った。
「へ?」
 何が?
 と尋ねる前に、しかし先輩は身体を返して扉に向かってしまった。何だったんだろうか、思いつつ見送っていると、ふと扉を開けたところでまた、先輩が振り返って俺を見た。
「もし…本当に……」
 真面目な顔で、けれどもそこで言葉を切ると先輩は、いや、と言って、バスルームへ行くために部屋を出た。
「待っていてくれ」
 と残して。


 待ってる間に懺悔をしよう。話は約ひと月前に遡る。
 俺は政庁の寮に住んでいる。よって、一般人の先輩を部屋には呼べない。ので、必然“する”時はホテルか先輩の部屋になる。ホテルにはソレは沢山置いてあるから気にしないし、ないホテルには行く途中で、先輩にはこっそりと買っていくから良いとして。一番訪れる事が多いのは先輩の部屋なのだが、言わずもがなソレは置いてないし、一々持って行くのも何だし、買いに行くには面倒だし時間もない事が多い。だから、恥ずかしがる先輩を押し切って、箱買いしたのを置いとかせてもらっていた。
 だが、約ひと月前のその日。
 可愛らしく抵抗する先輩を無理矢理その気にさせて、いざさぁ始めるぞって段階になって、ないと気付いた。
 だから、入れるのはやめようと思った。ってか先輩自身が、やっぱり妊娠の恐怖があるためか、大概はソレがないと嫌がる。し、その日も初めはそうだった。
 そう、初めは、だ。事が進むに連れて先輩は、段々と我慢が出来なくなってしまったらしく、最終的に「生で良いから入れてくれ」と強請り始めた。
 無論、と言っちゃあ駄目なんだろうが、そこが俺の若いところ。そんなに可愛く強請られたら、こっちも我慢出来なくなっちゃうよ。ってやつで、結局誘惑に勝てず、生で最後まで行ってしまった。何回も。
 もちろん、中には出していない。だからって、可能性がゼロって事はない。むしろ、避妊してやっている時よりも、ずっと格段に可能性は高くなる。のは、至当な話。
 ―――なのに、それが分かっていたのに誘惑に負けてしまったってのは、どう考えても俺が悪いだろう。さっきスザクが言っていた事は、間違いじゃない。完全回答大正解だ。
 故に俺は今、非常に落ち込んでいる。こんな事態を招いてしまった事に。先輩を、泣かせるほど不安にさせてしまった事に。たった一度の過ちで…とはよく言ったもんだ。正しく今がその状況だろう。これが落ち込まずにいられるか、という訳だ。
 だが。
 それ以上に俺が自分を駄目な奴だと思うのは、実は言うほどに落ち込んでいない事に、だ。
 馬鹿なんじゃないか?と自分でも思う。
 でも、本気の本当のマジでの底根を言うならば、俺は、
 がちゃり、と扉が開いた。
「あ…」
 先輩が、入ってくる。どんよりと、本当に暗くどんよりとした空気をまとって、足取り重く。
 ああ。
(やっぱり…陽性だったのか…)
 と思ったところで、扉を閉めた
「っ先輩!?」
 が、その場にへなへなと脱力して座ってしまった。慌ててソファーから立ち上がって傍に寄ると、開封済みの箱を持っている先輩の手が震えていた。身体全体も、何となく震えている気がする。頂垂れて、泣いているのかもしれない。
「先輩…」
 細い肩に触れると、確かに微かに震えていた。
 こんなに、思い詰めるまで。
(ごめんなさい…)
 後悔が、押し退けて浮上する。どうしてあの時、もっと俺がちゃんとしていれば。そんなタラレバが頭を過ぎる。
 が、所詮は後悔先に立たず、腹水盆に返らず泥を掴む、だ。とにかく、今考えるべきは、未来。
「大丈夫ですから」
 恐らく今先輩の頭の中を駆け巡っているであろう不安を取り除きたくて、触れる手に力を込める。と、先輩が小さく零した。
「……だった…」
「…はい?」
 小さ過ぎてよく聞こえない。下を向いている所為もあるだろう、面を上げさせると先輩は、涙に潤んだ目で、悲しげだが安心した表情をしてい………
(あれ?)
 先輩の口元が、綻ぶ。
「……ッ、陰性、だった…」
 と、心底安堵を浮かべて、そう、言った。は。
(なんだ)
「はは…ははは…」
 知らず、乾いた笑いが漏れる。何だこのフェイント。先輩のいぢわる。
「陰性ですか…」
 復唱すると、俺の中にも安堵が生まれた。どうやら、自分で思っていた以上に緊張していたらしい、俺は。自然と腰が落ちる。どかっと膝を立てたまま床に腰を下ろすと、先輩が申し訳なさそうにした。
「すまない…私の早とちりでいらぬ迷惑を掛けた…」
 謝る。
「いえ、そんな事は。むしろ俺のほうこそ…すみませんでした」
 申し訳なさ過ぎてどうしようもない。ぺこっと軽く頭を下げると、先輩の目が丸くなった。
「何を謝っているんだ…!別にお前は…ッ」
「いや、悪いのは俺ですから」
 どう考えても。苦笑です。と、先輩の顔が驚愕に変わった。おお?
「馬鹿を言うな!あれは私が…ッ」
「いえいえ、乗った俺が悪いと思いますから…」
「違う!お前に非はない!あるとするなら私に…ッ」
「いやその…絶対的に俺に…」
「いいや、私が…!」
 とそこで、無理。俺は笑い吹き出してしまった。
「おい…何だ…」
 腹を抱えて押し殺して笑う俺を、先輩が睨む。けど。だって。
(何をやってるんだか…)
 二人で。もうどっちがどっちでも良いような気がしてきた。良くないけど。
「何を笑ってるんだ?お前は…」
 先輩が訝しげに、不安げに聞いてくる。
「あ、いや…すみません」
 何でもないんです。ちょっと面白かっただけです。
 先輩は、こう見えて物凄く頑固だ。一度こうだと決めたら、なかなか引かない。引くだけの理由を述べないと、納得してくれない。そして多分、今回は何を言っても納得してくれないのだろう。自分を悪く思う事に掛けては天下一品だから。その点について、良い事だとは思わないが、恐らく今言い合いを続けたとしても、平行線を辿るばかりだろう。だったら早めに切り上げてしまった方が良い。俺としても、俺が悪いという意見を取り下げるつもりはないし。
「まぁ…何事もなくて良かったです」
 案ずるよりも生むが易し、差し当たって、先も計画も考えなしに、先輩の未来を潰してしまわなかった事を喜ぼう。手を取って笑い掛けると、先輩が目を伏せた。
「そう…だな」
 暗く、呟く。自嘲気味に笑って。おいおい今度は何ですか?まだ自分が悪いと言いますか?それはお互い様って事で流しましょうよ、俺は流さないけど。
「どうしたんですか?」
 覗き込むと、くっと強い目を持って、先輩が顔を上げた。
「この際…と言うのは変かもしれないが、良い機会だからはっきりさせておこうと思う」
「へ?」
 何が?思わず馬鹿みたいに口を開けると、対して先輩は背筋を伸ばした。
「もし今後も、今回みたいな件が…本当に私が妊娠してしまうような事があったら…」
 あったら? 先輩がぎゅっと手を握ってきて、静かに、
「私は………お前と縁を切ろうと思う」
 告げた。


 耳鳴りがする。
「え?」
 何を。
「どうしたんですか?突然…」
 言っているのだろうか。先輩が視線を外す。
「……ここ一週間、ずっと考えていたんだ…そうするべきだと…」
「は?」
(ちょ…)
 一体何をどうしたらそうなるんだろうか。普通だったら、責任取ってくれ!って、迫るべき部分だろう?なのに。
(なんで…)
「どういう事ですか?」
 脅し付けないように気を付けて尋ねると、目を反らしたままの先輩の唇がわなないた。
「お前は…ヴァインベルグの子だから…」
 って。
「……は?」
 いや、そりゃ俺はヴァインベルグの子供ですが。だからジノ・ヴァインベルグなんですが。意味が分からない。さ加減にぱかっと口を開いてしまった俺の前で、先輩の顔が無表情になる。
「ヴァインベルグといえば、ブリタニアでも由緒ある名門貴族だ。第一跡継ぎではないにしろ、お前はその正当な血を継いだ者だ。私とは…身分が違い過ぎる……」
 と諦めたように、って。
(はぁ!?)
 ちょ。
「だから、お前の先々に迷惑が掛かるような事が起ったなら…」
「ちょっと待ってください!」
 握り合った手を強く引くと、もう一度、お前とは縁を切る、と二度と聞きたくない言葉を続けた先輩が、目をまん丸くして止まった。ああ、本当、聞きたくない…
「何言ってるんですかッ、身分なんてそんな…」
 関係ない。どうしたんだ突然。そんなの、
「先輩だって今言ったじゃないですか。第一跡継ぎじゃないって。だから俺には、」
 付き合う時から分かっていて、
「そういうのは関係ない事でッ」
 って納得済みで付き合って、くれて、いて。
(あ)
 そうか…
「でも…やっぱり……」
 先輩が、顔を曇らせる。のは。
(全然…納得してなかったんだ……)
 先輩は。
 実は、付き合う前にも言われた。っていうか、散々それを理由に断られ続けてきた。「付き合ってください」の次の先輩の台詞は、必ず「無理です。身分が違います」だった。普通…というか先輩以外の女子は大体、玉の輿って感じで近付いてくるから、余計、先輩のそういう謙虚な部分に惹かれた。
 だから、口説きに口説いて口説きまくった。今まで培った経験をフルで生かして。そんなのは俺を拒否する口実だと思っていたし、実際、跡継ぎから外れている俺には家の事とか関係なかったし。じゃなかったら、今のような放蕩は許されていないだろうし。
 それで、そこを納得して、関係ないんだって事を分かってくれて、付き合ってくれるようになったんだと思っていた。付き合うようになってからは、一度も言われた事がなかったし。けど。
 先輩の中にはずっとあったんだ、そういう思いが。
(さっき出て行く前に言い掛けたのは、この件か…)
 恐らくそうだろう。もし陽性=妊娠→身分→俺の迷惑→だから別れよう、だったんだ。そんな風に先輩は、この一週間悩んでいたんだ。
 分かっていなかったんだ、俺は。先輩がどんな思いを抱いていたかって。俺と先輩のいる世界に、どれだけの溝があるかって、分かっていなかったんだ。
(スザクが怒る訳だ…)
 そりゃそうだ。世間知らずの非常識と言われても仕方のない事だったんだ。ただでさえ不安がりの先輩だ。今までどんな気持ちでいたんだろう。
 遊びだと思われてた?いやま、否定出来ない行動してたし。
 面倒くさくなったら捨てられると思っていた?まぁ、面倒な人だなぁと思う事もあるけど。
 遊びなはずがないし、別れたいだなんて一度だって思った事はない。
 それに。
「………っお前には、もっと相応しい…良家の令嬢がいてだな…」
 と下を向いて言う先輩の声が、感情を押し殺すように微かに震えているのとか、痛いくらい手を握り締めてくるのとか。
 自惚れても良いかな、先輩も俺を好きでいてくれるって。本当はそんな事言いたくないんだって。検査をするのを躊躇っていたのは、俺と別れたくないからだって。
 だって、今回のような件が起ったら縁を切るって事は、裏を返せば、今回のような件が起らなければ別れない―――って事なんだから。
「先輩」
 どうしてこの人はこうなのか。小さな頭を撫でて、そのまま顎を持ってこちらを向かせると、先輩の目には、今にも零れちゃいそうなくらい涙が堪っていた。ああ、本当。
(泣いちゃうくらい嫌なら言わなきゃ良いのに)
 ってね。苦笑です。俺ってば愛されちゃってるね。嬉しい。抱き寄せて脚の上に乗せると、先輩の目から涙が落ちた。あーあぁ…もう。
「っすまない…」
「何で謝るんですか?」
 慌てて涙を拭う先輩は、子供みたいで可愛い。俺より年上だけどね。訊くと、だって…と先輩が鼻をすすった。
「…だって……こんな大事な話をしている時に…」
(大事?)
 じゃないよ、全然。ストップマイナス思考。
「てぃ」
 ごんっ、と頭突きを喰らわせると、いだっ!と可愛さの欠片もない声を出して、先輩が仰け反った。
「〜〜〜〜〜〜ッ!何をするんだお前は!」
 おでこを押さえて怒る。そうそう、それくらいが先輩には丁度良いんですってば。笑。
「あのね、先輩」
 怒る先輩の両手を取って、本当のところを告白しましょう。恥ずかしいけど、言わなきゃ人の心は通じないから。
「実は俺、先輩から妊娠したかもって聞かされた時、本当は嬉しかったんです」
 そう、自分でも馬鹿じゃないかって思うくらい。動揺よりも、後悔よりも、嬉しさが先行してた。
「ようやく先輩が俺のものになった!って気がして…」
 自分でも変な言い方だと思うけど、そんな感じ。
「それに俺、先輩と一緒に暮らすの夢だったんです」
 つか、嫁ね。結婚ね。
「そこに俺と先輩の子供がいるとか…本当に夢みたいに嬉しかったんです」
 本当、馬鹿みたいにね。乙女染みてるかもしれないけど、偽りなき本心ですよ。大好きな人と結婚して、大好きな人との子供がいてって、それって最高の幸せじゃないか。
「まぁ…先輩がいるだけで充分最高に幸せなんですが」
 でも、先輩と俺の子供だったら、絶対可愛いし格好良いし。見てみたいでしょうってね。
「それでおまけがいるなら、もっと嬉しいなぁ…って」
 と、ちょっと本心を言うのが恥ずかしかったので逸らしていた目を上げると、
(げっ)
「―――――――――…」
 先輩の目からは、だばーっと涙が、溢れるとかいうレベルじゃなく流れていた。って。
(どどどどうどう…!)
「ちょ、どうしたんですか!?」
 もしかして、子供の事をペッツのおまけだラッキーみたいな言い方したからか!?別にそんなつもりじゃなかったんだが、でも子供って、ぶっちゃけ人生を彩るオプションみたいなものだよな。いたらいたで先輩を取り合う事になりそうだし…
(ってそうじゃなくて!)
「………ッ」
「あの、先輩!?…ちょお落ち着いて…!?」
 顔を覆って、壊れた水道の蛇口みたいに泣く先輩に、えーっと…これはどうした良いんだ?自分でも笑えるくらい動揺していますよ?妊娠かも告白を受けた時よりも。
(おまけは良くなかったか…)
 反省。
「…っすま……い…」
 先輩が、顔を拭って謝る。
「いえ、俺のほうこそ…」
 おまけとか言ってすみません。いや、と言って先輩が鼻をすする。
「その…お前がそんな風に思ってくれたのが、嬉しくてだな…」
 と言って、また泣き出し…って、
「え?」
 おまけの件じゃなくて?
「昼間告げた時…凄く動揺していたし……いや、それは当たり前なんだが…」
「はぁ…」
 確かにそれはそうだったんだが。でも。
「まだ若いし、学生だし…やはり貴族のお前と庶民の私では身分も…あるし……困らせたと…」
 って。
「なぁに言ってるんですかぁ!」
 それは違う。何処をどう通ったらそんなにマイナス思考になれるのか。以前に、あまりの嬉しさに抱き付いてしまう。
「ほわぁ!」
「嬉しくない訳ないじゃないですか!俺の子供を先輩が産んでくれるんですよ?それを俺が困る訳ないじゃないですかッ」
 全く以て。これほど嬉しい事なんて、いっぱいあるけど、ない。そんな風に俺が思っているのを聞いて、先輩もまた嬉しいと思ってくれるなんて、感極まって笑っちゃうね。思い切り大爆笑すると、腕の中の先輩が身を捩って、離れろという風に胸を押してきた。
「しかし…お前には立場と言うものがあって…私のような者が…」
 下向き、唇を噛む。うおぉい、どうしてそう自信がないかな。先輩ほど素敵な人に出会った事ないよ、俺は。
(いや…)
 違うな。不安なんだ、“俺と言う存在”に。
「ルルーシュ?」
 呼び、項垂れる顔を掬うようにキスをする。涙でしょっぱくなった唇を、深く奪う。
「んっ……」
 舌を絡めると先輩は、小さく声を漏らして、ぎゅっと俺のシャツを掴んできた。だから、もっと深く、押し倒すくらいの勢いで攻める。と、次第に先輩の身体が小刻みに震えだした。かたかたと、熱と色を持つ。
「っふ…ぁ…ジノ、まっ…んん!」
 それでもやめず、息苦しそうに息継ぎをしようとするのも阻止する。のは。
 知ってほしいから。本当に俺が、先輩の事が大好きで、手放す気などないという事を。身分とか、そんな瑣末な問題に囚われて、望んでも良いだろう未来を捨ててほしくないと、分かってもらいたかったから。
 けど、そんな想いが全部伝わる訳もないし、さすがに、ずるっとシャツを掴む先輩の手が落ちたのには、放さざるを得ない。名残惜しいが離れると、さっきとは別の涙に揺れる瞳の先輩がいた。可愛いね。
「……ぁ…」
「ごめんなさい、先輩」
 先に謝ります。
「多分俺はこの先も、先輩が抱いている不安とか、悩みとか、そういうのに気付けないと思います」
 つか、ゴメン。よく分からない。
「でも、全力で守ります、先輩の事」
 この身を挺して。
「何があっても守ります。この俺が選んだ先輩です。誰にも文句なんて言わせません」
 当たり前だ。なんせ“この俺”が選んだ人なんだから。言うほうがおかしい。
 だから。
「だから傍にいてください。いさせてください」
 てゆーか、先輩がいなくなったら泣いちゃうよ、俺。そりゃもう子供みたいに、わんわん泣いちゃうね。という情けない事情は内緒にして。真正面切って告白すると、先輩は…ああ、先輩は、悲しい事にぽかんとしていた。何を言っているんだお前は、って顔。うう。
(切ない…)
「せんぱい…?」
 変な不安に駆られる。恐る恐る声を掛けると先輩は、はっと意識を取り戻した。で。
「何…おま……そんな事言って……」
 真っ赤になって、おろおろとする。良かった。聞き流されていた訳ではなさそうだ。先輩はよく、何故か俺の話を聞き流すから。酷いね。
 その先輩が、急にしゅぅんとする。
「無理に決まっているだろう…そんなの……」
「何でですか?」
 好きな人を守りたいと思うのは、変な事だろうか。無理な事だろうか。そんな事はない。それは、変だとか、無理だとか、そう思っているから出来ないんだと思う。誰だって本気になれば、出来ない事はない。それに。
「大丈夫です。先輩が傍にいてくれれば、百人力ですから」
 そうそう、好きな人には格好悪いところは見せられないってね。ぎゅっと抱き締める。
「傍にいてくださいね、何があっても」
 一秒たりとも…とは、まぁ俺にもいろいろ事情があるから言わないけど、出来る限りは離れたくないから。強く抱き締める。
 と、いつもなら、痛い!とか、苦しい!とか怒る先輩が、背中にそっと腕を回してきてくれた。そして、
「ん…」
 俺の肩に顔を埋めて、小さく頷いてくれた。


(わお)
 こんな素直な先輩、そうそうお目に掛かれない。俺も天邪鬼だと思うけど、先輩も相当天邪鬼だから。まずこんな風に大人しく抱き締められてくれるって事が少ないね。大概、じたばたひと暴れしてから大人しくなる。諦めなのか、疲労なのか、一度はそうしないと駄目なのか。その辺はよく分からないが。
 うん、だから。何だか段々変な気分になってくる。てゆーか。
(おっぱい気持ち良い…)
 胸に当たる、細い身体の割りに大きな先輩の胸が、ふにふにと…ああ。
(駄目だ)
 がばりと勢い良く離れると、先輩がびっくりした顔をした。
「どうした…?」
「いえ…ちょっと」
 俺の脚の上に跨る先輩を見たら、更に興奮してきた。短いスカートから覗く日焼けしていない太腿が、なんとも色っぽくて。
(触りたい)
「あー…何ていうか、その…安心したらと言うか…」
 こんな事を言ったら怒られるだろうか。あんな大事件を引き起こした後に。でも、まぁ。
「子供がいるのも良いですけど、やっぱり暫くは先輩と二人っきりでいろいろしたいと言うかですね…」
「は?」
 先輩が疑問符を浮かべる。ので、もうちょっと具体的に行こうか。細い腰を引いて、薄布一枚隔てたソコに腰を押し付ける。と。
「なッ!」
 ぼん!と先輩の顔が真っ赤になった。
「お前…!何考えて…!」
「え?そりゃ…えっちな事ですが」
 それ以外に何があるだろうか。そのままを伝えると、腰を浮かせて逃げようとしてる先輩の頭がばふん!と爆発した。おお。
「この馬鹿…!」
「ぇえ?馬鹿じゃないですよぅ」
 多分。この間のテストも、結構良いところにいましたよ?先輩のお陰で。言いながら、逃げる先輩のスカートからシャツを引き抜く。
「馬鹿やめろ!」
「だから馬鹿じゃないですって」
 ばたばたと抵抗する先輩は、とても可愛い。必死なところが何とも言えない。悪戯心をくすぐられる。そういえばあの時も、こんな感じだったな。抵抗されると余計にしたくなるというか。まぁ素直でもしたくなるけどね。据え膳食わぬは何とやらで。
「やめろと言ってるだろう!このお調子者が!」
「ははっ、それは認めます」
 シャツの中に手を入れて、ブラを外す。うん、大丈夫。いつもの先輩だ。元気になって良かった良かった。
「離せぇ!」
 とか言ってますけど。どうせ暫くすれば流されちゃうんですから。大人しく俺の腕の中にいましょう。
「離しも逃がしもしませんよ。傍にいるって言ってくれたじゃないですか」
 にっこり笑うと、先輩の目が更に釣り上がった。
「言ってなぁい!」
「またまたぁ」
 そんな事言って。しかと受け取ってますから、先輩が頷いてくれた事。だから。
「ちゃんと傍にいてくださいね。これからも、今も」
 そういう事だろう。言うと、先輩が目一杯に叫んだ。
「ちっがぁあぁう!」
 何が?


 ―――と。
 まぁ、そんなこんなでとりあえず。
 この一件については落着した。本当に何もなくて良かったと思う。まだまだ先輩も俺も、遊びたい盛りだし。いつかはそれも良いけど、もう少し先で良いと思う。もし仮にそうなってしまっても、俺は先輩を守るけどね。もう仕事はしているし、誰かを養えるだけの金はあるから、結婚も 問題ないし。
 でもやっぱり、もう少しは先輩と二人でいたい。
 だから。
 避妊はちゃんとしましょうって事だ。籍を入れるまでは、遊び足りない俺のためにも、何より不安がりの先輩のためにも。石橋を叩いて叩いて叩かないと渡れない先輩が、叩けない、手摺のない縄吊り橋を渡らなければならない事態に泣いてしまわないように。もちろんその時は、俺が抱えて渡るから良いんだけど。啼き顔は好きだけど、泣き顔は駄目駄目。
 そのためには、という事だ。
 のんびり行きましょう、長い道程なんだから。人生は。
 と思う。
 んだけど。

 それから約四ヵ月後。
「ジノ…どうしよう…」
 とまた先輩が泣き付いてくるのも、また人生だよね。うん。



おわり。
2009/07/26
九龍門coolong.s-gate|OkayaMasaru





 サイト1周年だよーと騒いでいたら、私の抱く理想のジノ像を如実に描写してくださる神・オカヤ様からお祝いのお言葉と共に思いがけなく素敵ジノルル話を頂戴してしまいました。
 ジノルルでにょたで妊娠疑惑という私的三種の神器が揃い踏みの豪華な内容で、
生きてて良かった!!心の底からありがとうございます!!

 
ジノの膝の上に横座りのルルーシュという初手から美味しすぎる構図に妄想の蛇口が全開。ルルーシュのこういう甘えっぷりとか、それを自然に誘導するジノとか、ジノルルの真骨頂だと思います。
 ・・・・・・・・・・・という旨食いついてハアハアしてたら「ルルのお尻が冷えたら可哀想なので乗せてみました」と淡白なお答えが返ってきました。おお・・なんと・・・。さすがは半分が優しさでできてるジノ(いや、オカヤ様がか)。やはり素敵すぎることに変わりは無いです。

 オカヤ様は、私が「うまく説明できないんだけど、こういう感じ・・・いいなあ」とボンヤリとしかつかめていないイメージを確固とした形にして提供してくださるお方なんですが、まさしく痒い所に手が届く!という描写を今回も沢山いただきました。
 いちいち挙げていくと恐ろしい文章量になるので割愛しますが、ジノルルでものすごい大好き設定の一つが「ルルーシュがジノとの身分の差に固執して素直に幸せを享受できず一人で悩む」というものでして、別段要求したわけでも無いのにピンポイントでツボ直撃というだけでも感謝感激だったんですが、ジノのことが大好きなんだけど自分に自信が無いから常に別れる日のことを意識しながら付き合ってるんだよね、だから楽しければ楽しいほどそれ以上に凹むんだよルルーシュは!と一人で切なくなってうおおと思ってたら、オカヤ様から
「楽しすぎるデートの日なんか、帰宅してからしくしく泣いていたと思います」とのお言葉をいただき、まさしく悶え転がりまわりました。
 ジノじゃないけど確かに面倒くさ(ry、だけど、だからこそルルーシュ!面倒くささを補って余りあるこの可愛さ、ジノでなくてもどうしてくれよう・・・。

 最悪のタイミングで首を突っ込んでるくるスザクも大好きです!期待を裏切らないな、彼は。そして「僕が何とかするから」のセリフを必要以上に深読みしてしまっておっかなくてしょうがないです。どうする気だったんだろ・・・。

 後はもうジノがいい男で素敵でかっこよくて、陳腐な表現しか出来ないのが口惜しいんですが、それでいて決して完璧なわけじゃない所がまた良いのです。雄フェロモンを垂れ流しながら母性本能もくすぐるってどんだけ最強なんだ。ルルーシュと並ぶと無敵のカップルです。お似合いです。もういつ結婚しても良いと思います。

 本編だけでも十二分以上に楽しめるんですが、裏設定を踏まえると散りばめられた萌えネタの数々に妄想が際限なく膨らみます。たまらん。
 許可をいただいたので、教えていただいた裏設定を転載します。


・ジノはラウンズ。
・オリジナルどおりにルルーシュは皇帝の子なんですが、マリアンヌの死後、苛められた(継母たちに)。
・それをマリアンヌと交流があったゲンブが、見かねて引き取る。
・しばし一緒に暮らすが、ゲンブが脳梗塞で倒れて、日本はイレブンに(ゲンブは生きています)
・そんな中でスザクは、どうしたらルルーシュを守れるか?と考えた末、ラウンズになろうと決意(皇族に最も近い地位だったので、いつかルルーシュが連れ戻されてもそばにいられるだろうと)。十歳くらいでブリタニア軍へ。
・それから五年後くらいにある程度地位を得て戻って来、あまりに綺麗になったルルーシュ(ずっと枢木の家にいてゲンブの世話をしていた・娘的な気持ちで)に度肝を抜かれ(笑)
・でも、ルルーシュとしては、実はスザクを「兄」だとしか見ていなくて、(年は一緒ですが)
・よって、ルルーシュの後ろ向き性格は改善されぬままに。
と。でもスザクは、そこ(兄妹の位置)を上手く使ってずっと男除けをしていた(スザクの感覚としては、ずっと家にいたんだから、このまま結婚するだろう的感覚・笑)んですが、ひょこっとジノが出てきて迫り(スザクはルルーシュに好きだと言った事がなかったので、初めて好きだと言われて嬉しかった、との感覚)、落としてしまい…スザク激怒。


 いい具合に報われていないスザクが可哀想と言えなくもないですね。同情されるべき所だと思うんですが、何故だろう、さほど気の毒に思えないのはやはり「ルルーシュは俺の嫁」と思い込んでるからでしょうか。そして
必用なら監禁も辞さない構え(オカヤ様・談)だからでしょうか。そんな彼は嫌いじゃないですが、たまにはルルーシュの幸せのために涙を呑んでみよう。

 そして献身的すぎるルルーシュの姿に本気で心を打たれ、なおかつおっさん好きの血が騒ぎ出し、そのままゲンブの嫁になるフラグが立ってもいいんじゃないかとうっかり思いました・・・・が、その場合帰省した息子と壮絶な修羅場に突入する可能性大なので、この場合はやはりジノと結ばれるのが一番ベストかと思われます。

 最近ジノルル分が足りなかったのですが、サービス満点のお話のおかげですっかり充足いたしました。お忙しい中本当にありがとうございます!!



佐吉



20090730