ネジバナ





皇暦にして二十一世紀の初頭、 希少資源サクラダイトの利権を巡る外交上の衝突から、
世界最大のサクラダイト産出国日本と超大国神聖ブリタニア帝国の間に緊張が高まった。
世界に通じる公用語、実質的な共通言語であったブリタニア語は、 必修科目から一転、
敵性言語となり履修科目から姿を消した。



◆◇◆



どんどん、と土蔵の扉を叩く音の力強さで誰が来たのかはすぐに分かった。
「スザク、いい加減にしないか。ノックというのはな」
もっと軽く、相手に対して伺いを立てるつもりでするものだ。
うんざりしたような口調で苦言を呈しながらも、
黒髪の少年、ルルーシュは、ひと欠片の警戒も見せずに扉を開く。
彼がそのような態度をとるのは目の前に立つ親友に対してのみ。
普段の彼は、子どもとは思えないほどに用心深い。
土蔵の中には彼の宝がいるからだ。
その宝は、かつて理不尽な力で奪い去られかけた。
ゆえに、ルルーシュは慎重にならざるを得なかった。
「ナナリーにお土産」
明るい声が、そんなルルーシュの心に陽だまりの暖かさをもたらす。
柔らかい癖毛を元気に撥ねさせ、少年は、にかっと笑いながら右手を差し出した。
小さな手は、ひょろりとした桃色の花の束。
「学校の芝生に、いっぱい咲いてたんだ」
「スザクさん、いらっしゃい」
嬉しそうな声とともに、キィ、と車輪が軋む音がして、車椅子に乗った少女が姿を現した。
「ほら、ナナリー。触ってみて」
緩やかにウェーブした髪を二つに束ねた彼女は、兄と同じように安心しきった態度でスザクの差し出した小さな花束に手を伸ばした。
桃色の小さな花を螺旋状につけた植物、それは。
「俺達はネジバナって呼んでる。面白い花の付き方だろ。
これならナナリーにも形が良く分かるんじゃないかと思ってさ」
このナナリーという少女は、不幸な事件で脚と心を痛め、瞳を閉ざしてしまっていた。
スザクが捩摺(もじずり)を選んで摘んできたのは、一重に、花を愛すれどもその色や形を楽しむことができなくなってしまったナナリーのためだった。

「これは、Pearl twistですわね」
掌の中の螺旋を愛おしそうに指で追いながら、ナナリーは言った。
「ぱーる……?」
きょとんとした様子で、スザクがオウム返しにナナリーの発した単語をなぞろうとした。
ルルーシュが、ふっと笑って説明を足した。
「ブリタニア語だ。この花の通称だよ。
そうだな、『撚り合わせた真珠』というような意味かな。
他にも、Ladies' tresses、『淑女の巻き毛』なんて呼び方もする」
「へえ。どこの国の人間も、発想は似たようなもんだな」
スザクは感心したように言った。
そんな彼も、ほんの数週間前、ルルーシュとナナリーの兄妹に出会うまでは、 ブリタニア人とはみな鬼畜な人種だと信じて疑っていなかった。
周囲の大人たちの態度や言動が、純粋な少年少女の心に偏見を植え付けていた。
「言われてみると、この花、ナナリーの髪にも似ているように思えてきたよ」
くるくるっとしたとこが、ほら。
そう言ってナナリーの髪をひと房指に巻き付けたスザクの手首を、 ルルーシュが掴んで引き剥がす。
「お前な! 淑女の髪に馴れ馴れしく触れるものじゃない」
全く、お前にはデリカシーというものがない。
言われたスザクは、口を尖らせた。
「ルルーシュは毎日ナナリーの髪を触ってるじゃないか」
「触ってるんじゃない。結ってやっているんだ。それに、僕はナナリーの兄だからいいんだ、特別だ」
「ちぇ、ケチな兄貴だなあ」
そんな二人のやりとりに、渦中の小さな淑女は、くすくすと楽しそうに笑った。
「お兄様、私は、構いませんよ。だって、スザクさんですもの」
妹の言葉に、ルルーシュは目を白黒させた。
ナナリーが浮かべた笑みに、彼女が兄をからかっているのだとピンと来たスザクが、弾けるように笑い出す。ナナリーも声を立てて笑った。ルルーシュだけが、君たちは何がおかしいのだと、顔を赤くして怒っていた。



◆◇◆



庭園の外れの芝地に、淡い色の捩花(ねじばな)が咲き誇っているのを先に見つけたのはナイトオブゼロだった。
「あの頃から、お前ならナナリーの騎士にしてやってもいいなと思っていた」
癪だから、言わなかったけどな。
皇帝ルルーシュは寂しそうに笑った。

どうして今それを告げるのか。
それは訊かなくても分かっている。

悲しい行き違いの末に、二人が平穏に生きる道を提示してくれようとした、もう一人のかけがえのない淑女、桃色に揺れる髪の乙女を、彼らは失っていた。

それでなくとも既に自分たちは罪深く業深い。

胸に仕舞っておいた言葉のうち、告げるべきものは洗いざらい吐き出そう。
告げて相手を苦しめるものは、今まで通り飲み込もう。
スザクはそう思った。

もうすぐ、僕たちは言葉を交わすこともできなくなる。
真実でなくてもいい。
嘘でもいい。
もう少しだけ、君の声を聴かせて欲しい。

スザクは思い直し、手折ろうと伸ばした手を引っ込めた。
(君たちは、生きられるだけ生きて)
可憐な捩摺は、そんな青年達の胸中も知らずにのんびりと風に吹かれていた。






 間様の所のお話があんまり素敵だったんで、非常に発奮して迷惑メールのごとき感想を送りつけていた所、もったいないことに思いがけなくお話を頂戴いたしました!仇を恩でお返ししていただいた気持ちで申し訳ないやらありがたいやら・・・。わあわあ、どうしよう!
 個人利用で・・・とお言葉が添えてあったんですが、私一人で隠匿してるのはもったいなさすぎる!あと初めて表に頂き物のお話が掲載できる!!(・・・)ので、ムリを言ってアップの許可をもぎとりました。間様、承諾してくださってありがとうございます!


 お子時代の3人の姿が本当に微笑ましくて、情景が頭に浮かんでくるようです。生意気な言い方ですが、間様の人物描写は本当に卓越していていつも感心してるのですが、お子たちの描写も本編とまるで違和感無く描いてくださっていて、このお話読んでからこの後の展開を考えると切なくて悶えそうになります。

 ゼロレクイエム前のルルーシュとスザクとかも大好きなので、語ればキリが無いんですが、あんまり書くとお話の印象を壊してしまいそうなんでこの辺で控えておきます。

 そんでもって、いつもならお話に派生したパロラクガキなんかをするんですが、今回はさすがにできませんでした。当たり前だ!


 間様、一服の清涼剤のようなお話を本当にありがとうございます!

20090622